お盆のルーツは「魂まつり」

 

先祖といっしょに過ごすお盆行事

 

釈迦の高弟の目連が、餓鬼道に落ちて苦しむ母の姿を悲しみ、釈迦に救いを求めたところ、「七月1一五日に、百味飲食を供えて、供養するように」と告げられ、その通りに一生懸命になってつとめたところ、やがてには救われたという。

 

以来、この日を盂蘭盆会と呼ぶようになり、珍しい食べ物をあげて供養すれば、現世の父母は長生きでき、過去七代の先祖も救われるというのです。

 

日本の「お盆」も、六世紀のなかばに、仏教とともに入ってきた、盂蘭盆会を略したものである。

 

しかし、日本には仏教伝来のかなり以前から、固有の祖先の霊魂をまつる行事があった。

 

この神霊信仰に仏教の盂蘭盆会が重なり合って、硯在の「お盆」になったのです。

 

いまでも、土地によっては、「魂まつり」とか「御霊まつり」、あるいは「精霊会」と呼ぶのは、古代祖霊まつりの名残りなのです。

 

 

祖霊の乗りものはきゅうりのお馬

 

日本古来の信仰には、祖霊が地獄や餓鬼道に落ちて苦しむというような観念はない。

 

祖霊は、もっと親しみがあり、神と霊との中間のような霊格で、子孫の生活や健康を守ってくれるものという意識か強いからである。

 

お盆になると、いまでも家族の全貝が古里の実家に戻るという習慣が続いている。

 

この世の全貝がそろい、あの世の祖霊が戻ってきていっしょになり、ご先祖さまをしのぶ行事が「お盆」だからです。

 

日本における「お盆行事」の、もっとも古い記録は斉明人皇三年(657)で、飛鳥寺の西に須弥山をつくり、そこで孟蘭盆会をもうけたことがブ記録に残されています。

 

お盆は、日本化の過程で、わが国固有の習慣と合流し、地獄の苦しみを救うというよりは、子孫のもとに帰ってくる祖霊に、花や農作物、団子などを供え、祖霊の乗り物であるきょうりやうりの馬や茄子の牛をつくって飾り、十六日の精霊送りに、川や海に流す行事となったのです。

日本人のやさしさが生んだ「お夏めし」

 

お盆行事の期間は、旧暦の七月十三日から十六日までであったが、それが現在の新暦に変わり、地方によっては月遅れで行うところもあります。

 

日程の原型が出来上がったのは江戸時代です。

 

供え物の内容は土地によって若干のちがいはありますが、まず十三日の朝に盆棚(精霊棚)をもうけ、夕方には迎え火をたいて祖霊をお迎えする。

 

盆棚には盆花を飾り、「百味飲食」をして、枝豆や里芋、いちじく、なし、なす、きゅうり、うり、かぽちや、それに仏さまは丸い物が好きだからといって、きな粉団子、ご先祖さまとのご縁がいつまでも続きますようにと、いってうどんやそうめんも忘れてはならないようです。

 

さらに重要なのは、お茶碗に入れた水をお供えすることで、これは全国共通です。

 

江戸の場合は、十三日にあんのついた皿子、十四日にはなすのごまあえ、そして十五日が蓮飯でした。

 

貞享五年(1688)の『日本歳時記』にも、「十五日、蓮葉飯を製して、来客に出し、親戚に贈る」とあります。

 

おこわをハスの葉で包んだものが、蓮葉飯です。

 

なお、お盆につきものの「盆踊り」は、もともとは祖霊をなぐさめるものでした。

 

が、最近では、もっぱら納涼のほうばかりが強調されており、これでは先祖の霊も淋しいのではないだろうか。

 

七月一四日に「盆釜」とか、「川原めし」と呼んで、野外にかまどをつくって煮炊きし共同食事をするところが、いまでも各地に残っています。

 

男女が連れ立って河原などに出かけ、かまどをつくって煮ものをして食べながら、にぎやかに過ごす行事で、土地によっては、女性ばかりとか子供たちだけで行っているところもあります。

 

五月めし百合めしなど、変わりご飯にするのがならわしで、「お夏めし」などと呼び、これを豆の葉旦やくずの葉、柿の葉に盛って食べるのです。

 

「盆釜」というのは、先祖の霊についてやってくる外精霊、つまり無縁仏を供養し、なぐさめて帰してやるのが本来の目的であるが、実際は暑い盛りの中に骨めをするためのレクリエーションとして楽しまれているのです。

土用の丑の日のウナギ

 

江戸風のウナギは、背開きが基本です。

 

武士の都なので、切腹を嫌って、背から開いたのです。

 

頭と尾を落として、身を頭側と尾側の二つに切り分け、竹串を打って両側を白焼きにし、蒸してタレを付けながら、さらに焼きます。

 

ウナギの脂が、蒸すことでほどよく抜けて、皮も身も柔らかくなり、身は、とろりとしたロ当たりになるのです。

 

これに対して、上方のやリ方は、まず、腹から裂いて、串を打ち、素焼きにして、タレを付いて本焼きとするのです。

 

盛り付けの直前に頭と尾を切り落とし、頭は別に料理します。

 

大阪・上方流は、蒸しの工程がない地焼きのために、脂が強く、身もちょっどかためなのです。

 

この食感と濃い味が、大阪人が好むお茶漬けに合うのです。

 

 

夏の盛りにウナギを食べる習慣は、栄養ドリンクなどがない時代には、必然的なものだったのです。

 

『本朝食鑑』に、ウナギの効能が書かれています。

 

「虚損(性的不能)を補って過度の倦息感を治すのは、腎をあたため、腸を壮んにして、気を健にし、肉を肥やし、虫を殺して風邪を除くから」とあります。

 

現在も、土用の丑のの日にウナギを食べるという習慣があります。

 

土用というと、「土用の丑の日」というように、いまでは夏の行事になってしまいましたが、本来は立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間が「土用の期間」です。

 

暦に「土用」とあるのは、土用の入りの日を指しています。ふつう土用のウナギというと、立夏の土用にウナギを食べることを指します。

 

夏に売れないウナギ屋に相談を受けた平賀源内が、「丑の日にウナギを」と宣伝することを発案したという説が有名です。

 

実際に、ウナギにはビタミンAやB群が豊富なので、夏バテ、食欲減退にはもってこいなのです。

 

ウナギの蒲焼きの魅力は、タレの香ばしさでしょう。

 

数十年来、足しては使うという秘伝のタレがウナギ屋の自慢なのです。

 

タレには、ウナギの脂やアミノ酸などが混入し、いっそうコクを増していると思われるのです。

 

ウナギにタレを付けて焼くと、アミノ酸や糖質が高温になったときに発生するメラノイジンという物質が生成され、これが、独特の香りとうまみを醸成します。

 

焼き鳥などのタレでも同様です。

 

ウナギ屋の換気口からの匂いだけで飯を食べるという落語の話も納得の香りなのです。

 

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