江戸の食事情

江戸時代の健康を支えた雑穀

 

日本人は古くから「雑穀雑炊」の主食文化を形成してきた民族といえます。

 

このような主食のとり方は、縄文時代以来のもので、奈良時代の『古事記』によると、「五穀」は「米、麦、粟、大豆、小豆」とあり、大豆や小豆も穀物の中に入れています。

 

江戸時代の日本人が日常的に食べていた食材を網羅した『本朝食鑑』元禄八年刊)にも「わが国が古くから五穀と呼んできたのは、稲、大麦、小麦、大豆、小豆、あるいは麦、キビ、米、粟、大・豆のことである」とあり、これらの五穀によって民が養われていると記しています。

 

現在のように「穀類」とか「豆類」という分類的な決め方ではなく、健康を維持するためには、どのような組み合わせがベストかという視点で決めているのです。

 

江戸時代の「五穀」を現代の栄養学でみると、穀物によって仕事をこなすためのカロリーをとり、大豆によってたんぱく質、そして小豆によってビタミンや抗酸化成分をとるという図式になり、とても実践的な分類法となっています。

 

このような視点で分類された「五穀」こそ、江戸時代のバイタリティーを支える基本的なエネルギー源になってきたのです。

雑穀は長寿食なのです

 

人気があったのは栗や黍で作った餅やだんごで、もちもちした食感もさることながら、黄色い仕上がりがよろこばれたようです。

 

これらは当時、高級な菓子だったのです。

 

「本朝食鑑」によると、粟をよく食べると男性の陽(性的能力)が盛んとなって、夜眠れないとか、肺を丈夫にするなどと記されています。

 

栗にかぎらず、その他の雑穀にも体力強化に効果的なアミノ酸のアルギニンや強精ミネラルの亜鉛などが多いのは確かです。

 

さらに骨を丈夫にするカルシウム、若返り作用のビタミンE、頭の血行をよくする葉酸、イライラを防ぐビタミンB1も多いのです。

 

現在、日本には百歳以上の方たちが4万人以上いますが、これらの人たちはほとんどが「雑穀時代」を経験しているのです。

 

その時代の食生活が、健康と長寿を支える土台作りに役立ってきたのだとはいえないでしょうか。

 

 

ところが、昭和35年頃からはじまる高度成長によって日本人の食生活は一変し、脂肪の多い食の欧米化時代に突入していきます。

 

その結果として、大人も子供も女性も、雑穀の食文化は食卓から遠ざかり、腹の出っぱったメタボ系の人が激増し、医療費は増加する一方なのです。

 

また、世界規模で小麦、大豆、とうもろこしが高騰しています。

 

そういった背景もあって米食への回帰運動が起こり、雑穀に対する関心も高くなっています。

 

いまこそ、江戸時代の人たちの知恵を学ぶときがやってきたのではないでしょうか。

 

 

うまみのもとはアミノ酸

 

日本料理は、「だし」が決め手です。

 

「だし」は「出汁」で、料理にうまみを加えます。これが基本です。

 

ところが、和食で用いられるうまみ成分の中には、体の老化を防いだり、頭の働きを向上させる働きをする成分まで含まれています。

 

日本の「だし」は、単に「味」を出すだけではなく、体や脳の老化を防ぐ成分まで出すのです。

 

日本料理の場合、野菜やきのこ、山菜、海藻、豆腐、こんにゃくといったように、味の淡泊な材料が多いために、うまみの出るものを加えて、味つけをする必要があったのです。

 

それらの材料は、健康にはいいけれども舌がちょっと淋しいのです。

 

和食の中心的調味料である味噌や醤油などの大豆発酵食品系は、そのままでも十分にうまいのですが、料理をするときに、魚や昆布、干ししいたけといった乾物系のだしを加えると、アミノ酸の相乗効果によって、さらに、うまみが増え、コクが出ることを昔の人はちゃんと知っていたのです。

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