蒲鉾と竹輪

魚肉の加工品 

 

魚肉の原型をとどめず加工した練り製品に、蒲鉾と竹輪があります。

 

蒲鉾は鱈や鮫などの白身魚を脱水砕肉したのち、でんぷんなどを添加ししてつくりますが、その歴史は古く、12世紀のはじめに記された『類聚雑要抄』にみられます。

 

永久3年(1115年)関白右大臣藤原忠実(1078〜1162年)は東三条に転居しますが、
その祝宴のご馳走に蒲鉾が供された記録が残っています。

 

現在のような板付きのものではなく、魚のすり身を串の先に蒲の穂のように固めて焼いた、ちょうど竹輪のような形をしていたようです。

 

初期の蒲鉾が竹輪に似たものであったことは、後生まで語り継がれ、大永二年(1522年)に著された『宗五大双紙』にも「かまぼこはなまず本也。蒲のほをにせたる物なり(蒲鉾はナマズのすり身をガマの他の形に似せておったものである)」と記されています。

 

さて、今日のように板付き蒲鉾になったのは16世紀の半ばあたりのようですが、『守貞漫稿』には「杉板に魚のすり身を付け、江戸は蒸すが、京坂では焼き目を付ける」と記しています。

 

今日、蒸したものを「蒸し蒲鉾」、焼き目をつけたものを「焼き抜き蒲鉾」と呼んでいます。

 

さて、高価な白身魚でつくられた蒲鉾は、おのずとご馳走と考えられ、贈答品として用いられれるほか、お節料理には欠かせない存在となっています。

 

戦国武将もその味を好み、豊臣秀吉は大好物であったと伝えられます。

 

織田信長も本能寺の変の前夜の食卓には蒲鉾が並んでいたといわれています。

 

蒲鉾と同じ練り製品に竹輪がありますが、蒲鉾の原型は竹輪のような形状だったのですが、板付き蒲鉾になった16世紀は半ば頃から、区別するために「竹輪蒲鉾」と呼ぶようになりました。

 

竹輪はおでん種にも欠かせませんが、青海苔を加えた衣で揚げた天ぷら、「竹輪の磯辺揚げ」も馴染み深いお総菜といえます。

 

「黒い紙」を食べる


 

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