豆腐は庶民の味

豆腐は庶民の味

 

大豆の原産地はシベリアのアムール川あたりから中国東北部を経由して日本までの地域です。

 

ヨーロッパヘは18世紀はじめまで、伝播することはありませんでした。

 

その後も、大豆は人間が口にするようなものではなく、家畜の飼料とされてきたのでした。

 

しかし、アジアの国々では、固く煮えにくい大豆を、熱を加えることによって、やわらかい豆腐に変身させました。

 

また、発酵させることによって納豆を創り出したのです。

 

さらに、魚を乾燥させた干物は海に面していない地域でも、魚を味わうことを可能にしました。

 

そして、塩や糠などを用いた漬け物は、野菜ばかりでなく、魚類にも行われた長期保存法です。

 

大豆は弥生時代ころに中国から伝わり、穀類と並んで古くから食されていましたが、ヨーロツパヘは、1712年にオランダの植物学者ケンペルによって伝えられました。

 

今日、私たちが耳にする「大豆は畑の肉である」というフレーズは、この頃、オランダで生まれたといわれています。

 

大豆は煮えにくく、消化しにくいという欠点があり、そのため味噌・醤油・納豆などのように発酵させることで、また、豆腐・湯葉などのように巧妙な加工を施すことによって、その難点を克服したのです。

 

豆腐は中国から日本に伝えられたといわれ、12世紀頃は「唐府」と記されていました。

 

豆腐の「豆」は大豆を表しているのはいうまでもありませんが、「腐」の字義は「納屋の中で肉を熟成させる」で、転じて柔らかく弾力性があるものと解されるようになりました。

 

しかし、日本では「腐」の文字から腐敗を連想するなどの理由から、「豆富」や「豆冨」などと表現されることもあります。

 

豆腐は大豆の絞り汁(豆乳)に、「にがり」などの凝固剤を加えて固めて作りますが、日本や中国のほか、朝鮮半島・台湾・ベトナム・カンボジア・タイ・ミャンマーなど広く東アジアと東南アジアで、古くから食されていました。

 

中国や韓国の豆腐は、日本のと比較して水分量が少ないことから、堅く、炒め物や揚げ物にして食べられています。

木綿豆腐、絹ごし豆腐、堅豆腐など

現在、豆腐は製法から薄い豆乳を凝固させ、圧搾・成形した木綿豆腐と、濃い豆乳全体を凝固させた絹ごし豆腐に二分されます。

 

木綿豆腐は穴の開いた専用の型箱に布を敷いて流し込んで固めるため、表面に布口が付くことから、この名があります。

 

絹ごし豆腐はゲル状に固めて水にさらしたもので、江戸時代開業の老舗豆腐料理店「笹乃雪」の初代玉屋忠兵衛が開発したと伝えられ、絹ごし豆腐を「笹乃雪」とも呼ぶこともあります。

 

絹ごし豆腐よりも、さらに高濃度の豆乳や、にがりの代用に海水を用いて堅く作った「堅豆腐」と呼ばれるものがあります。

 

荒縄で縛っても崩れない堅豆腐は、歌川国芳(1797〜1861年)作の坂東三津五郎の浮世絵にも、荒縄で縛った長方形の大きな堅豆腐が描かれています。

 

堅豆腐の製法は、今日でも、石川県白山市白峰の石豆腐(濃厚な豆乳使用)、富山県五箇山の五箇山豆腐、徳島県祖谷地方の宣旦腐、熊本県球磨郡五木村の五木豆腐、山口県祝鳥の石豆腐(にがりの代わりに海水を利用)、長崎県五島列島の潮豆腐、長崎県壱岐市の壱州豆腐、沖縄県の糸満豆腐などに伝承されていますが、木綿豆腐や絹ごし豆腐よりも保存期間が良く、豪雪地帯や山岳地域、あるいは離島など流通の便が悪い地域で製造されていました。

 

さて、手間暇をかけた豆腐をさらに加工したものとして、次のようなものがあります。

 

 油揚げ:薄く切った豆腐を中心部まで火が通るように揚げたもの。
 厚揚げ:厚く切った豆腐を揚げたもの。中が生の状態であることから「生揚げ」とも呼んでいます。
 がんもどき:豆腐を崩して野菜を混ぜあわせて成形し油で楊げた加工品。
 滝川豆腐:裏ごしした豆腐や豆乳を寒天で固め、細長く突いたもの。素麺のようにつゆにつけて食べます。


 

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