日本は野菜の宝庫

包丁一本で表現する野菜の美

 

野菜の中でも煮えにくい根菜類には、目に見えない下準備をして調理されます。

 

代表的なものは「かくし包丁」「面取り」です。

 

前者は魚類にも行われますが、大根や蕪を煮るとき、裏面に十文字に包丁を入れて切れ目をつけることです。

 

後者は、輪切りや角りりにした角を軽くそぎ取る面取りを施すことによって煮くずれを防ぎ、見た目も美しくなるのです。

 

基本的な切り方に加えて、造形美を追求した和食独特の飾り切りがあります。

 

このような基本的なものに加えて、造形美を追求した和食独特の飾切りがあります。

 

たとえば、胡瓜の「虻腹切り」は、胡瓜を切り落とさないように包丁を浮かせながら、斜めに細かく切れ目を入れ、裏面から逆の角度で切れ目を入れ、曲げて形を整えると、みごとに蛇腹のような景色になるのです。

 

このほかにも、小ぶりの茄のガクから下に切れ目を入れて油で揚げると、火も通りやすく姿が茶筅のようになる、「茶筅茄子」などがあります。

 

さらに飾切りなどがありますが、これら和食に彩りを添える技巧を凝らした細工は、包丁一本の技の結晶ともいえるでしょう。

和え物・煮物

 

野菜は生食のほかにも、和え衣を用いた和え物や煮物にも変身します。

 

まず、和え物についてですが、「胡麻和え」が筆頭にあげられるでしょう。

 

「胡麻よごし」ともいいますがヽ青菜・茄子・隠元豆(隠元禅師が明からもたらしたと伝えられています)・山菜などをほどよく煎った胡麻を粗く摺り、醤油(味醂やだし汁を加えることもあります)を加えた和え衣で和えたものです。

 

現在、多くは白胡麻を用いますが、江戸時代はもっぱら黒胡麻が使用されたことから「黒和え」と称していました。

 

インド原産の胡麻は縄文遺跡からも発見されていますが、14〜15世紀にかけて盛んになった明貿易で再びもたらされ、日本全国に伝播しました。

 

近年、胡麻の栄養価が注目されるようになりましたが、すでに古代ギリシヤの医学者ヒポクラテスは胡麻を「高栄養食品」と認め、中国最古の医学書『神農本草経』には胡麻の摂取が老化防止につながるとも記されています。

 

日本においでも「不老長寿の秘薬」あるいは「食べる丸薬」などとも、いい伝えられてきました。

 

さて、寒い冬には大根を用いた煮物が欠かせない存在です。

 

やわらかく茹でた大根に練り味噌をかけた風呂吹き大根、薄揚げと大根の煮物などのほか、摺りおろした聖護院蕪を刺網や網などの自身魚の上にかけて蒸した「蕪蒸し」は、葛あんをかけて、さらに身体を暖める冬の料理です。

 

江戸時代中期、大根の種類が爆発的に増加し、諸国名産の大根と、その料理法を紹介した『諸国名産大根料理秘伝抄』(天明5年−1785年)が刊行されました。

 

そのなかで「大根は精進物であるが、祝意を表す品としては第一番である」と記されていることから、大いに活用された食材であったことは疑う余地がありません。
また、同年刊行の『大根一式料理秘密箱』の序文には、

大根の名も所によって変わるが、大根が生えていない里もないだろう。どんなに貧しい暮らしでも漬け物を漬けないこともない。

 

念仏講の時の手科理にも、夜話の時のもてなしにも使われる。

 

子供には梅花形に切った花大根、老人にはふろふき大根、僧侶には大根をてんぷらに料理できる。祝儀のふるまいには白髪大根にする。

 

このように大根は子供から老人まで、さらには貴賎を問わず、上品な人も下品な人も、みな喜んで食べる。

とあり、漬け物、ふろふき大根、天ぷらなどさまざまに調理されていたことや、装飾的に梅花形や、白髪大根(白髪のように細く切った大根)などに細工されていたことなどが分かります。

 

さて、大根は単品でも十分、おいしいのですが、大根と薄揚げのほか、大根とイカ、さらには、鰤の脂がのった冬には鰤のアラと大根を醤油で煮付けた「鰤大根」があり、コクのある鰤の味が大根に染みて、両方の食材のおいしさをみごとに引き立てた逸品といえます。

 

このように野菜は異なる食材と合わせて調理することで、一層おいしさを増すようです。

京都の伝統料理

京都の伝統料理のひとつに「芋棒」といって、海老芋と棒鱈を炊き合わせたものがあります。

 

海老芋は九州から伝えられた京野菜、棒鱈は北海道産の真鱈の乾燥したものですが、南と北の食材が京都で出会った逸品です。

 

こうした料理を京都では「出会いもの」と称し、身欠き鰊と茄子を炊き合わせた「鰊茄子」もその一例です。

 

また、郷土料理であったものが、学校給食の普及によって全国に広まった煮物に「筑前煮」があります。

 

鶏肉・蓮根・筍・牛蒡・蒟蒻・人参などを炒めたのち、甘辛く煮た「筑前煮」は、もとは九州北部地方(主に福岡県旧筑前国、福岡県全域や仁賀県を含むごともあります)の代衣的な郷土料理である「がめ煮」のことでした。

 

九州以外では筑前煮と呼ばれ、家庭科の教科書では「炒り鶏」と紹介されています。

 

さらに、牛肉と野菜のコラボレーションといえば、「肉じゃが」をおいて他にはないでしょう。

 

現在、代表的な家庭料理となっていますが、もとはイギリスに留学していた東郷平八郎が帰国後、ビーフシチューの味が忘れられず、乗船していた船艦の料理長に作らせたのが始まり
であるといわれています。

 

肉・ジャガイモ・工葱・糸蒟蒻を醤油や砂糖、味醂などで廿辛く煮たのは、ワインやデミグラスソースを知らない料理長が、東郷の話を聞いて考えた苦肉の策であったといいます。

 

最近、肉じゃがは、東郷平八郎がはじめて司令官として赴任した京都府舞鶴市と、参謀長として赴任した広島県呉市がともに発祥の地として名乗りをあげています。

 


 

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