出汁(だし)の話

出汁(だし)の話

 

2012年12月、和食がユネスコの世界無形文化遺産に指定されて以来、出汁の旨味が注目されています。

 

料理人たちは和食の魅力を伝えるために、マスコミでも、ワークショップでも、出汁のひき方をレクチャーしています。

 

というのも、出汁という基盤があるからこそ、繊細で、彩り豊かな和食が完成するといっても過言ではないからです。

 

フランス料理のように鳥獣肉・香味野菜などを混合して長時間煮詰めたスープ・ストックとは異なり、和食の出汁は昆布や鰹などを用いたシンプルなものですが、とても深みのあるおいしさがあります。

海藻を良く食べる日本人

 

四周を海に囲まれた目本の沿岸には、昆布をはじめ多くの海藻類が生息し、独自の海藻食文化を形成してきました。

 

スコットランドやアイルランドを除く欧米では、海藻は古代から肥料や家畜の飼料とされ、フランスではナポレオン時代に爆薬の原料として用いられたこともありました。

 

いずれにせよ、人間が口にするものではなく、食用とされる習慣もありませんから、
「海の雑草(Seaweed)」と呼ばれ、なかば厄介者のように扱われていたようです。

 

さて、海藻類は太陽光の影響を受けて褐色・紅色・緑色の3色を呈し最も、浅瀬に分布しているものは緑色、水深が深くなるにつれ褐色、紅色に変化します。

 

次の三種に分類されます。
褐藻類:コンブ、ヒジキ、ヒバマタ、ホンダワラ・モズク、ワカメ、アラメ
紅藻類:アサクサノリ、テングサ
緑藻類:アオサ、アオノリ、カサノリ、ミル、フノリ

 

昆布が属する褐藻類は古くは「海布」と総称され、『万葉集』にも、

志賀の海人は
海布刈り塩焼き
暇なみ
櫛笥の小櫛取りも見なくに

(博多の志賀にある島の海人は、海藻を刈ったり塩を焼いたりで忙しく、櫛や鏡を入れた櫛笥から櫛を手にとってて見るごともないのだなあ)

 

と詠まれたように、海藻の刈り入れは、奈良時代以前から庶民の仕事として定着していました。

 

紅藻類である浅草海苔は、徳川家康が江戸入りした頃、浅草寺門前で獲れた海苔を浅草和紙の技法で板海苔にしたものです。

 

またテングサは、心太や寒天の材料として、用いられています。

 

海藻類は水溶性食物繊維の含有量が多く、カルシウムーマグネシウムーミネラルなどの栄養素を合み、しかも低カロリーな食材です。

 

また、海藻類特有のヌルヌルした部分に豊富に含まれるフコイダンという成分は免疫効果を高めるほか、コレステロールの排出、ピロリ菌の腸壁付着防止、血糖値を低下させるなど、糖尿病をはじめとする生活習慣病に効果があることが証明されています。

 

食物繊維不足の日本人の食生活は、海藻食を実践することで解消できるといえるでしょう。

昆布は不老長寿の妙薬

 

昆布は北海道沿岸を中心に三陸町岸などに広く分布していますが、すでに奈良時代には租税として平城京に運ばれました。

 

それらは庶民の食卓へ上ることはなく、

神饌として神に捧げられました

 

『倭名類聚抄』(承平4〜934年頃、源順編纂)という平安時代の辞書には「広布(比呂女とも書く)」、あるいは「夷布(衣比須女とも書く)」と記されています。

 

昆布という語が、いつ頃から用いられるようになったのかは不明ですが、後述のように14世紀には広く知られるようになり、その語源はアイヌ語「コンプ-昆布を示す)であるとの説があります。

 

さて、歴代王朝の都が内陸に築かれた中国では、昆布は渤海国や朝鮮、日本からの貢物として持ち込まれました。

 

『唐書 渤海伝』(1060年に成立した中国唐代の正史}に「俗二貴プ所ハ南海ノ海帯」と記され、昆布のことは「海帯」と呼んでいました。

 

この貢物は欧米同様、ほとんど食用とはされませんでしたが、ヨード不足による甲状腺肥大を引き起こす風土病対策に使用された貴重な食品でした。

 

貴重品であったことを物語るものとして、秦の始皇帝が徐福に不老長寿の妙薬を探し求めることを命じたところ、徐福が東海の蓬莱島で探し当てた妙薬は昆布であったという伝説が残されているほどです。

 

さて、昆布類の大部分は多年生海藻で、2年から3年の寿命を保ち、11年で十分な成長がみられ、2年目の夏に採集され、根を切り落として、ただちに天日干しで乾燥させます。

 

晴天のもとでは、4〜5時間程度で乾燥が終了し、その後、屋内で堆積して、筵で覆って平に延ばし、一定の長さに切断、結束して出荷されます。

 

ちなみに、現在、日本で産出する昆布は45種もあるといわれています。


 

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